麻酔科の研究領域

麻酔科の研究は多岐に渡っていますが、一般的に以下の2つに大別できます。

1. 侵襲時の病態生理やその際の臓器保護法といった臨床的研究

たとえばショックなどは通常の臨床の場ではなかなか遭遇できない病態ですが、これらの病態生理や治療法を、動物実験のみならず、直接臨床の現場でも研究できることが特長の一つです。このような急性期には、薬物など治療への反応もダイナミックに変動します。 すなわち私達の臨床の場は、活きた臨床生理、臨床薬理、そして急性期内科学の場でもあります。

また、全身のあらゆる臓器を対象とできる事も特長の一つです。例えば心肺脳蘇生というように、当然心臓の蘇生の後に脳を蘇生する事が重要となります。 心蘇生に有効なある方法が、脳にはどのような影響を与えるか、このようなアプローチができるのも 全身管理を得意とする麻酔科ならではと考えます。

2. 生命の根源にせまる基礎的な研究

具体的に言えば、全身麻酔の機序を介した意識についての研究や、疼痛や呼吸のメカニズムといった研究です。 吸入麻酔薬の機序を解明できればノーベル賞級の発見と言われています。 また、アメリカでは2000年からの10年を「Decade of Pain Control and Research」と称し、疼痛研究に全力が注がれてきました。

その他として、コンピュータや機械の好きな人も麻酔科向きかもしれません。生体情報をどのように得て、それをコンピュータでどのように処理するか、 またそういったシミュレーションモデルをどのようにつくるか、学会でも常に活発な議論がかわされています。

また、北大には、世界的な研究室が、医学部(医学研究科)のみならず、各学部・研究科に数多くあります。これらの、施設と共同研究が自由にできるのも、全国有数の総合大学の一つという利点でしょう。

若い頃ほど、新しくかつ柔軟な研究の発想ができるということは、多くの偉大な研究者の例を見ても自明です。

当教室では、既存の研究にとらわれず、このような新しい芽を伸ばすことにも、最大限の力を注いでいきます!

当教室での研究

当教室では、現在特に神経系の研究に力を入れています。下記に、現在進行中の研究を紹介します。

1. 麻酔薬の神経毒性・侵襲における認知機能変化に関する研究

20世紀後半は、麻酔薬に脳保護効果があるのではということで、当教室も含め世界的に研究が進められました。しかし、「ヒトでは?」となると現在では否定的な意見の方が有力なようです。一方、21世紀に入り、むしろ麻酔薬に神経毒性があるのではないかということが世界的な注目を集めています。特に「赤ん坊の脳に悪いのでは」というのと「高齢者を中心に術後の認知機能障害の原因になるのでは」という2つが大きなトピックスとなっています。

当教室では、特に前者について、10年以上前から動物実験に取り組んできました。その成果は、Anesthesia & Analgesia, Brain Research, Pediatric Anesthesiaなどの海外一流誌にすでに掲載されています。また、日本麻酔科学会で優秀演題賞(2010, 2014)、AACA最優秀演題賞(2010)、IARSで Kosaka賞(2014)などを受賞しています。臨床でも、北大の環境健康科学研究教育センターと共同研究を開始しコホート研究にも着手し、その中間発表は、日本麻酔科学会で最優秀演題賞(2016)を受賞しました。後者の認知機能障害についての知見も併せ、2017年に日本のこの分野のexpertsたちと「Anesthesia and Neurotoxicity」(http://www.springer.com/gp/book/9784431556237)という英文教科書を上梓しました。

最近、術後の認知機能障害は麻酔薬よりむしろ手術侵襲自体が大きな影響を与えることがが示唆されています。またICU領域でも、敗血症に伴う脳障害が注目されています。この原因として、神経炎症の関与が指摘されています。「末梢での侵襲が、どうして中枢神経の免疫に影響を及ぼすか、またどういう機序で脳障害を起こすか」、このテーマについて、当教室でも干野晃嗣を中心に研究に着手し、ShockやFront Aging Neurosci誌などの一流雑誌にその成果が掲載され始めています。また、日本麻酔科学会で優秀演題賞(2019)、日本神経麻酔集中治療医学会で最優秀演題賞(2020)を受賞しました。また、北大遺伝子病制御研究所・分子神経免疫学分野(村上正晃教授)と2014年より共同研究を開始し、その成果はeLifeなどに掲載されています。さらに、UCSFのMazeラボに、術後の認知機能障害の研究を主とした目的で留学していた内田洋介が、2018年2月に帰国し、当教室でさらに研究を発展させるため、ラボの拡大に鋭意邁進しております。

2. その他の基礎研究

基礎研究では、以前からの神経障害性痛モデルラットにおける痛みの機序の解明、瀧田恒一講師による新生児ラット脳幹切片を用いた呼吸周期に関する電気生理学的研究に加え、吸入麻酔薬の催嘔吐性の脳免疫組織学的研究などに取り組み、その成果は J Anesthに掲載されました。また2015年度から、将来的に痛みと情動の関係を明らかにすることを目的に、医学研究科神経薬理学教室(吉岡充弘教授)との共同研究を開始しており、ケタミンの抗鬱作用の研究がBrain research誌に掲載されました。

3. 臨床研究

臨床研究でも、最新の近赤外分光計等の機器を使用し、周術期の脳循環研究など、神経研究に取り組み、その成果は、J Clin Anesth、J Endourology、Pediatric Cardiologyなどに掲載されています。ICUでは、水野谷和之を中心に、大手術後の全身管理の研究に取り組み、その最近の成果はJ Clin Monit ComputやHPBなどに掲載されています。また、ICUでは、グリコチェックという最新鋭の機器を使用し、グリコカリックスの研究を開始しております。末梢神経ブロックでは、相川勝洋を中心に、M-TAPAなどの新しいブロックの有効性に挑戦し、その最近の成果は、J Clin AnesthやReg Anesth Pain Medなどに掲載されています。このように、手術室のみならず、ペイン、ICUにまたがり、侵襲制御医学の広い分野で、臨床研究を展開しております。
最近の前向き臨床研究をここ(PDF:154KB)に掲載します。

当科で行っている臨床研究の情報公開についてこちらに掲載します。