北海道大学手術部データ管理システムについて

Hokkaido University Operating Room Data Management System (通称 HODMS) のご紹介です。

1. 開発の経緯

これまでの麻酔記録(麻酔科の診療記録、いわゆるカルテにあたります)では5分ごとに心拍数や血圧といった生命維持に必須の情報(バイタルサインといいます)や麻酔薬を含む投与した薬物や輸液(点滴のことです)の情報をペンで記載する必要があり、これに麻酔科医の労力の約2割がさかれると言われていました。情報を記載している間はどうしても患者さんや手術に対する注意が低下するために、自動的に麻酔に関する情報が記録できればより患者さんの麻酔管理に集中できると考えられました。

当科では自動麻酔記録装置の開発を重点プロジェクトのひとつとして位置づけ、1990年代初頭には早くもプロトタイプとなるシステムの稼動が始まりました。当時、モデルとなるソフトウエアやシステムはほとんどなかったこと、コンピュータの処理速度も現在のものとは比較にならないくらい遅かったこと、麻酔科の業務に精通したシステムエンジニアがいなかったこと、使用する側の麻酔科医もコンピュータシステムに慣れていなかったことなど数々の困難が予想されました。しかしながら関係各位の懸命な努力によりわずか数年の内に多くの問題が克服され、麻酔記録の自動化が現実のものとなりました。これに加えて記録のカラー印刷化も行ったためにこれまで単色で手書きのわかりづらかった麻酔記録が、カラー化と活字の使用で劇的にわかりやすくなりました。しかし当科ではこれには満足せず、次のより完璧なシステムの開発に着手しました。それが現在HODMSと呼称されている北海道大学手術部データ管理システムです。

右写真:麻酔科医師控え室での集中監視システム:中段の2台の端末で各手術室の麻酔記録を一括監視するとともに上段のディスプレイで手術の進行状況を確認します。

HODMSは1997年北大病院手術部が新棟に移転するのに合わせて稼動を開始しましたが、このHODMSと前システムで決定的に異なるのは単に自動麻酔記録装置にとどまらず手術部業務支援システムとしての機能を担ったことです。すなわち手術/麻酔申し込みから発生し多岐にわたり派生していく業務過程のいたるところで HODMSが支援することになりました。例えば、週間手術予定作成にはじまり麻酔科医/看護師割り当て、術前診察、術中麻酔記録、術後回診といった一連の過程で HODMSが関わります。また麻酔記録に関しても心電図や血圧などの波形を保存できるようになり、“記録の精度の向上”という点で飛躍的な進歩を遂げました。

ちょっと専門的な話になりますが、心電図でいうとST部分というところが基線より上がったり下がったりすることで心臓に行く血液が不足している可能性を知ることができます。バイタルサインの数値の記録のみではこれらの情報は保存できないために後から事実を確認しようとしてももはや不可能です。また血圧の記録でも異常な血圧が記録されている場合にその波形を確認することで単に人工的影響(アーチファクト)であるのか本当に血圧が低かったのかある程度判定することが可能です。これにはコンピュータの処理速度の向上や記憶容量の大幅な増加が不可欠であり、時代の潮流が可能にした開発であったと言えるでしょう。

2. システム構成

HODMSは手術部にあるサーバー本体と手術室各室や麻酔科外来に配置された端末 とで構成されています。各手術室にある端末には1日分の情報(バイタルサインや 手入力による薬物や輸液の情報)が一時的に保存されサーバーへと送られます。サーバーでは一定の期間保存した後保存用テープに移されますが、波形データを除く 記録はいつでも参照できるようにサーバー内にも保存されています。

入力系には他に動脈血の酸素化レベルや貧血の有無などを確認するための血液ガス検査のデータや麻酔科外来で手術前に行われる術前診察のデータが一緒に保存されます。これらの情報は各手術室の監視システムで随時確認し麻酔管理に役立てるとともに麻酔センターでの集中監視を行うことも可能です。


上図:HODMSのシステム構成:各手術室では患者さんに関する情報を端末で一時保存したのち一日分をま とめてサーバーに送信します。また麻酔科外来での麻酔前診察の結果や血液ガス分析の結果もLANを介して各部署で参照されます。

多くの麻酔科医によって常に患者さんの状態を確認することは安全な麻酔管理にとって重要な役割を果たしています。またこのシステムが麻酔科関連の部署にしか 配置されずインターネットに接続していないことは患者さんの情報を守る上で構造上の安全性を備えていると言えるでしょう。

3. HODMSの特徴と手術室業務

HODMSでは言うまでもなく情報が電子化されていることが最大の特徴です。例えば北大病院では手術や麻酔の申し込みは北大病院全体の医療情報システムを介して HODMSに送られてきます。手術部ではその申し込み情報を利用して一週間分の手術予定表を作成し、さらに介助する看護師の割り振りまで行います。

麻酔科では手術予定表をもとに麻酔科医を割り当てるとともに麻酔科外来で麻酔前診察を行います。担当麻酔科医は麻酔前診察の情報を参照しながら麻酔計画をたて、いざ麻酔管理が始まるときには各手術室のHODMSの端末を立ち上げ麻酔記録を作成していきます。

最初に述べましたようにこのときバイタルサインの記録が波形とともに自動的に記録されることで患者さんへの注意が持続されることは重要です。麻酔管理が終了するとその記録は電子ファイルとして保存され、同じ患者さんを再度麻酔するときなど後から参照することが可能です。またこうした記録は詳細な項目で分類された データベースとしてHODMSの中で保存され、麻酔科の研究資料としても重要な役割をもっています。

例えば手術出血量が1000ccを超える手術が年間何例あるか知りたいときにはHODMSの端末から抽出条件を設定するだけで数分のうちに回答を得ることができます。これまでの手書きの麻酔記録では年間の麻酔記録全てをあたって一例一例調べるしかなかったわけですから、年間5千件を超える手術を行う北大病院では途方もない労力が必要でした。またこのようなデータベース機能を持ち合わせていること で、年間手術/麻酔件数、各科別手術件数などの統計資料を作成する際にも効率をあげていることは間違いありません。

上図:手術業務の流れ:オンラインで申し込まれた手術申し込みは図のような流れで進んでゆきます。手術終了の記録は電子ファイルとして保存され、データ検索や統計に活用されます。

このようにHODMSは麻酔記録のみならず手術室業務の効率化という面から患者さん一人一人にも北大病院にも多大な貢献をしています。今後の課題としてこれまで不可能であった薬物や輸液に関する情報の自動記録化と情報量の増加によって遅くなる処理速度の改善などが次世代システムでは求められています。未だ改善すべき点は残っていますが、今後とも各方面に貢献できるようなシステムの構築をめざし て現在も改良を続けているところです。